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J鉄局TOP>珍車ギャラリー>函館市交通局 8101
函館市交通局 8101 そして9601へ -路面電車もバリアフリーの時代へ-バリアフリーの時代です。公共交通である鉄道が、交通弱者と呼ばれる、いわゆるお年寄りや妊婦さん、そして車いすを必要とされる障がい者の方などについて、配慮してゆくのは当然の流れでしょう。 施設側にも、車両自体にもその思想が反映されつつあります。 さて、路面電車は古いシステムですが、プラットホームまで昇降するエレベータなどを設置するまでもなく 安価にバリアフリーに対応できるユーザーフレンドリーな乗り物です。 いまや、その価値が見直され、路面電車復権の時代が到来しつつあります。 低床電車を実現するためにとはいえ、車体自体に乗り込むためにはやはり段差があります。これをどうにかするべく最新の路面電車は低床車が当たり前となっています。 しかしこのことは一口で言えるほど簡単なことではありません。 本来、電車の床下には、台車(モーター)、制御器など様々な機器がぎっしりと並んでいます。 これらをどうにかしなくてはなりません。 特に台車は、屋根の上に放り上げてしまうわけにはにはゆかないものですから、 車端部にこれを配置するか、モーターを小型化する一方で、 車軸が車体を貫通しない特殊な台車を開発するなど対策を講じる必要があります。 (残念ながらこうした技術をまず手がけたのは日本ではなく、もっぱら欧州の会社です。) こうした低床車は、熊本市電の9700形(ドイツ、AGE(→アドトランツ)+新潟鉄工製 1997.8)を皮切りに、日本にも導入され、 広島電鉄の5000形グリーンムーバー(ドイツ、シーメンス+新潟鉄工製 1999.6)などインパクトのある素晴らしい電車に刺激され、 日本の車両会社も追随する形ではありますが、独自の車両を提案しつつあります。 これらにはデザイン的にも優れたものが多く、 もはや路面電車と呼ぶのではなくLRVという名の新しいの乗り物といってもいい感じすらあります。 従来の電車を、バリアフリーにできないか。こうした低床車両が活躍する路線として、富山ライトレールがあります。そのすべてが低床車です。 でも富山ライトレールは鉄道線からの転向ということになりますので、例外的な存在です。 むしろ一般のいわゆる市電には、かねてからの古い車両が頑張っており、 これらをいっきに低床車に置き換えるなんてことができるはずもありません。 それでも、車両の更新時期にあわせて、すこしずつ置き換えてゆこうとする事業者が出てきました。 時代のニーズに合わせて、新しい車両を導入したいのは函館市電でも同じことです。 他の事業者同様、あっさり新車を導入したほうが楽に決まっています。 低床車を導入することで、国から補助金がでるのならなおさらのことです。 2002年という時機は、アルナ工機(現アルナ車両)が「リトルダンサー」と呼ばれる純国産低床電車を様々なタイプで提案。 鹿児島市交通局1000形ユートラム(タイプA3;2002.1)を初めとして、 伊予鉄道2100形(タイプS;2002.3)土佐電気鉄道100形ハートラム(タイプL;2002.4)、 と次々にデビューさせています。 これらの中から、函館市電に合うタイプを選べば良かったともいえそうです。 ところが当時、函館市交通局では再建計画が思うように進まず、新車の購入などできるはずもなかったのです。 それならば、低床車の採用を見送るという決断もできたはずです。 でも函館市電には、1998年、市内の福祉6団体から、低床車導入の陳情がありました。 いかな厳しい経営環境であったにせよ、公営の公共交通である以上、 函館市交通局は、これを無視するなんてことはできません。 「在来車を更新するにあたって、なんとか低床構造を導入できないか。」 と智恵を絞ることになったのです。 こうした経過で誕生したのが、8100形8101です。 希少なツリカケ駆動の低床車ということになります。 台枠と台車はどうすることも出来ないので、台車間の床下機器を屋根の上に放り上げ、 そこの床部分を一段低くするという方法をとりました。つまりは部分低床車ということになります。 しかし、これとても簡単なことではありません。 種車となった800形は、間接制御でしたので、制御器は床下にあります。 これは、何とか床下に収まりました。 しかし、抵抗器と電源装置(SIV=新製)は屋根の上に上げざるを得ません。 800形の更新車である8000形は、そんなものを屋根に載っける構造にはなっていませんから、 車体の強度も計算し直し強度をアップする必要があります。 幸い函館は、夏でも冷涼な気候です。 8000形更新車同様、クーラーは取り付けなくてもOKだったというのは助かりました。 このことで約12mある車体長のうち3mほどだけですが低床になりました。 ここに大型のドアを設置するので車いすの昇降は随分と楽になりました。 部分低床車の問題点ただ、ワンマンカーですので、運賃の支払いは、運転手さんのいる車端(高床部)へ行かなければなりません。 結局は、車内のステップを上り下りしなければならないので、辛いところです。 またメンテナンスする側からしても、 機器が床下部分にあるのなら、点検も、取り外しも楽です。 ところが屋根の上にこれらを載っけてしまったわけですから、 保守作業をする方の安全性も確保してゆかねばなりません。 また車両の更新工事は、特にそれが冷房化を含む場合、結構高価なものになります。 冷房化せずにすんだ函館だからこそ出来た部分低床車といえるかもしれません。 でも恐れていた車内での転落事故が発生してしまい、 8101以後、このタイプの部分低床車は、増備されることはありませんでした。 部分低床車を作ったことの意味しかし、わずか3m程度とはいえ、旧型車を低床車に変えようというこだわりが、これからの函館市電の有りようを、そしてアルナ車両のリトルダンサーを変えていったのではないか。 と思うのです。 つまり8100形から得られた様々な経験が、リトルダンサーシリーズのタイプU(Ultimate=究極)を生み出し、 函館市電においては、次の新低床車となる9600形に活かされていると思えるからです。 ここでまず、伊予鉄道2100形のタイプSについて考えてみます。 このタイプなら、旧型車の台車も使用可能ですからコストダウンも可能でした。 しかし、この方式では、運転手さんのいる車端部は、依然として高床です。 また、このタイプSの構造は台車を車両の両端に引き離す方法で ホイールベースが長い分、函館市電の急曲線を曲がる際に無理があるのです。 次に、鹿児島市交通局1000形のタイプA3ならば、どうかというと3車体をつなぐ特殊な構造です。 関節部分が2つあるので、曲がるのには有利です。 でも、8mもの長さがある中間車(フローティング車体)を先頭車が支えるカタチとなり、 長さも14mと長くなってしまいました。 また複雑な構造ゆえ、1両あたりのコストも高く付き 1億7800万円となりました。 なおこの方式でも、運転手さんのいる車端部は、依然として高床です。 コスト面では、うまくいった8100形ですが、前述したようにやはり部分低床ということが問題になりました。 少なくとも、通路部はノンステップで通れるよう低床部分を拡張する必要があるのです。 また路面電車は、基本的に通りを直角に曲がって行くものです。 急曲線でも安全かつスムーズに対応できるものこそが望まれています。 そして、都市ごとの規模に合わせた様々なサイズが用意できなくてはなりません。 ユーザーである事業者については、いずれも厳しい財政面の問題を抱えています。 少しでも製作コストを抑えなくてはならないのはいうまでもありません。 そんな条件を克服していったからこそ函館市電の新低床電車9600形が存在するのです。 新低床車9600形では、2車体2台車の構造を採り入れる事になります。 リトルダンサーUタイプである長崎市電3000形は、3車体2台車です。 これでも良かったのですが、それほどのキャパを要しないが故の2車体2台車です。 しかし関節部分が一つ減るので、曲線を曲がるのには不利です。 さて9600形では、一つの車体に、ほとんどボギーしない台車を設置したのですが、 9600形では、これら二つの車体をつなぐ際に、この間を広くとるという方法を用いました。 内幌のほかに外幌を付けたので、そんなに違和感はありませんが、車体の間は、750mmあります。 そして、この中には上下に連結棒があり、車体間の行き来に使われる踏み板は、瓢箪形となっています。 急カーブを曲がる際にめり込んでくる内幌をヒョウタンのくびれに取り込むカタチです。 車軸をとおす台車にしたので、その部分の床は少し盛り上がる形状になっていますが、 かさばるモーターは、長崎市電3000形と同じく台車の外側から直角に力を伝える方式をとりました。 日本の低床路面電車は、ヨーロッパの技術を取り入れた新潟鉄工(→新潟トランシス)も車両を供給しています。 しかし、アルナ車両のリトルダンサーは、国産の技術にこだわり、車軸を残す従来タイプの台車を採用してきました。 それはコスト面からも有利であるだけでなく、メンテナンスをする現場の声を重視してきたものだと思います。 アルナ工機にとって、8101製作当時、函館では、たいしたビジネスにはならなかったと思われます。 しかし、ハード面においてもソフト面においてもこの函館の地で得た経験=財産は大きかったのではないでしょうか。
参考文献;鉄道ピクトリアル 「特集 路面電車~LRT」No688 2000.7 新車年鑑 2002 2007 |
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