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  JR東日本 キハ110形 先行量産車  2018/02/15 UP
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キハ110形0番台(1~3)先行量産車
優等列車用のクロスシート車。
1991年のデビュー当初は釜石線と山田線で運行される
急行「陸中」で使用を開始しました。
両運のキハ110形5両に対し
片運のキハ111・112形2両編成は3本の計6両が製造されました。 

-鉄道車両写真集-
JR東日本
キハ100形 キハ101形
キハ110形 キハ111形+キハ112形
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  JR東日本 キハ110形 キハ110-1.  撮影:1995年3月 花巻 

「最後の新製急行用気動車」-JR東日本 キハ110形 先行量産車

2009年、岡山~津山間の急行「つやま」が廃止されました。
これが最後の気動車急行です。(定期列車として)
キハ48形で最後を迎えましたが、ながらくキハ58系を使用していました。
ともに国鉄時代の代表的気動車ですね。
JR東日本 最後の気動車急行はというと2002年に廃止された釜石・山田線急行の「陸中」です。
こちらにはJR東日本が、なんと新製したキハ110形が使用されていました。
JRが製作した唯一の急行用車両であり-最後の新製急行用気動車-となります。
2002年11月に急行「陸中」がなくなり、以降は後継となる快速「はまゆり」をはじめ、
釜石線および東北本線日詰 - 盛岡間の普通列車に使用されているキハ110形ですが、
いったいどのような車両だったのでしょうか。

キハ110形は、1990年3月。釜石、山田線でデビューしました。、
このとき、北上線で、キハ100形が同時にデビューしています。
ともに試作車で、JR東日本における非電化区間のこれからをうらなう存在でした。

あわせてご紹介します。

キハ100形は16m級車体の
キハ110形は20m級車体の両運転台車です。
車内は床面を100mm程度低くしたせいか、けっこう広々と感じられます。
スチール製ですが、徹底した軽量化が図られました。
エンジンは高出力の直列6気筒直噴式インタークーラー付きターボで、
連続定格出力330PS/420PSを叩き出します。
これを1両あたり1台搭載するのですが、小型軽量のエンジンで、
乾燥重量はキハ40系のDMF15HSAの約半分というのですから驚きです。
キハ110形には西ドイツVOTIH社製 液体変速機T211rzを搭載しましたが、
これも軽量化に重きを置いた選択です。

結果、彼らは、勾配区間をものともしない電車並みの加速性能と
応答性のよい電気指令式ブレーキを持っていたため、
飛躍的に運転性能が向上し、ローカル線のスピードアップに大きく寄与しました。
また、車体の側窓に複層ガラスの連続固定窓、側扉にプラグドアを採用することにより、
密閉性が高められた車内は、快適な室内温度と静粛性を獲得しました。

旧型気動車の取り替えとローカル線でのサービス改善のために製造された彼らでしたが、
当時、大量に導入された第3セクターなどのレールバスとは一線を画するものです。
商品としての競争力低下を打破するものと参考文献には書かれていますが、
それは控えめに過ぎるように私には思われます。
普通列車はもちろん、急行そして特急としても用いられたという実績を持つのは、
彼らが優れた基本性能を有していたことに他なりません。

キハ100形は、キハ101~103形へ
キハ110形は、キハ111、112形へと そのファミリーを増やしてゆきます。
JR東日本管内の津々浦々まで活躍の範囲を拡げることになるキハ100/110系。
その礎となるのがキハ110形 、キハ100形先行量産車なのです。

さて、最後の新製 急行用気動車となるキハ110形ですが、
そもそも「急行」とは何でしょう。
文字通りにゆけば、目的地に「急いで行く」ということなのでしょうが、
その点では「特急」には及ばないということで中途半端な存在となってゆきました。

もっとも、「特急」が、すなわち「特別急行列車」で「特別」だった時代は、
急行列車は庶民の足として日本全国津々浦々で運転されていました。
しかし1964年10月に東海道新幹線が開業して以来、新幹線網が拡充、
在来線の特急形電車が大量に余ってしまうということになってしまいました。

1972年10月に毎時の発車時間を揃えて利用しやすくした「エル特急」が各地で大増発されると
特急の大衆化がいっそう進み。
長距離は特急列車に格上げ、近距離は快速に格下げされ、
急行列車はその姿を消してゆきます。

国鉄では急行料金をとるということもあって、
西日本では急行形気動車(キハ58系など)への冷房取り付けも進み、
前述の「つやま」のように、
JRとなってもそのまま急行用として使ってゆくケースもまま見られました。
しかし東北以北では、気動車、客車(普通車)の冷房設置は遅々として進まない状況でしたので、
これを機に、老朽化していた急行形車両の代わりに余った特急形電車を投入して、
急行を特急へ格上げする動きが生まれてきました。

ただ、JR東日本管内には特急用の気動車が在籍していませんでした。
JR九州ではJR四国から185系気動車を転籍させて急行「火の国」「由布」を格上げ、
特急「あそ」「ゆふ」に使用しましたが、寒冷地対応ではありません。
それならばJR北海道から183系気動車を引き取って使えばいいではないか。
といいたいところですが、そういうことはありませんでした。

185系が短編成で使うことが前提だったのに対し、
183系は長大編成で使われるものだったからです。
長大編成が必要な長距離路線はすべからく電化されており、
485系電車などがこの任にあたりました。

一方、釜石、山田線にしても、北上線にしても短編成で十分まかなえるものです。
加えて路線もそう長いものではありません。すなわち そんなに数はいらないのです。
改めて特急用気動車を開発するには及ばないというのが実際のところだったのでしょう。

それならば高性能のローカル線用気動車を作成し、使用実態に合わせて、
セミクロスシート、ロングシート、リクライニングシートそして展望式の座席配置まで、
様々なバリエーションを派生させ使い分けてゆく方がリーズナブルです。

特急「秋田リレー号」を覚えておいででしょうか。
使用されていたのは、キハ110系300番台。
後にも先にもこれしかないというJR東日本の気動車特急です。
秋田新幹線が開業するまでの間、改軌工事で不通となる田沢湖線にかわって
北上線経由で運行する文字通り「つなぎ」の特急列車でした。

急行用車両として使われているキハ110形だから、
「つなぎ」の特急用車両に採用しても差し支えない。
(特急料金を取っても大丈夫という点もふまえて)
という判断があったのではないでしょうか。
こう言っては何ですが、JR西日本のキハ120形みたいなローカル線用気動車に、
特急の看板を背負わせるわけにはまいりますまい。
JR東日本は、そこまで考えて、
汎用かつ高性能の急行用気動車を開発したのではないかと思うのです。

参考文献:鉄道ピクトリアル 「新車年鑑 1990年版」 1990年10月 No534 の記事

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