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  名古屋鉄道 6750系  2018/03/10 UP
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名古屋鉄道 6750系(瀬戸線用) 4両編成 編成表
←尾張瀬戸①     栄町 →
モ6750-サ6680-モ6780-ク6650
Mc-T-M-Tc  53-57F 編成ごとに下一桁を揃えている。   
51.52Fは2連
参考:私鉄編成表07年版    撮影2009.9

-鉄道車両写真集-
名古屋鉄道 瀬戸線 HL車 3730系 3770系 3780系  
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  名鉄6750系.  撮影:2005年3月 喜多山 

「大手私鉄 最後のツリカケ電車」-名鉄6750系2次車

21世紀の今、電車の駆動方式といえばカルダン駆動です。
わかりやすくいえば、車体に取り付けられたモーターの回転力を継ぎ手を介して台車に伝えるものです。
かつてモーターは、台車に直接、取り付けられていました。
ツリカケ駆動といいます。動く台車に車体が乗っかっているというイメージですね。
この方がシンプルなんですが、モーターが直接、軌道の振動を受けるため、
台車もモーターも頑丈に作らねばならず、重量がかさみ乗り心地もよくありません。
またツリカケ駆動の特徴の一つである「ドウェーン…」というヘビーなサウンドは、私のようなマニアを心酔させることはあっても、
一般の乗客にしてみればやかましい電車ということに他なりません。

絶滅してしまったわけではありませんが、今や主に鉄道遺産として、動態保存されている状態です。

さて、大手私鉄の中で、そのようなツリカケ電車を最後まで戦力として大事に使い続けていたのが名鉄です。

今回の主役である6750系は戦後導入されたAL車3850.3900系の足回りを再利用したツリカケ駆動の新車です。
(ちなみに3850系は1951年に導入されたモ3850形+ク2850形。特急、急行用のロマンスカーでした。)
1986年デビューした1次車(2連)と1990年デビューした2次車(4連)に大別できます。
1次形の側窓は上段下降、下段上昇の古くさいデザインなのに対し、
2次形の側窓は同時期に製造された6500系6次車と同じく3連の連続窓。
このスマートな車体をもつ平成生まれの2次形が今回の主役です。
スチール製ですが、このデザインは3500系インバータ電車に引き継がれてゆきます。
ですから見た目 ツリカケ駆動の旧性能車とはとても思えません。

かねてから名鉄は車体を温存し、足回りを一新するという車体更新も積極的に進めてきました。
5300系です(1986~87年製)。
先代5000系、5200系の足回りに5700系と同タイプの車体を載せてリニューアルしたものです。
彼らについては93年からはエアサス台車に取り替え、再デビューを遂げています。もちろん今もバリバリの現役です。
彼らより3年以上新しい車体である6750系2次車の車体もまだまだ使えます。
しかし、この6750系については、2008年から廃車が始まり、古い足回りとともにスクラップ…。
ステンレス製の4000系に取って代わられてしまいました。
なぜでしょう。

その答えの一つは車体のレイアウトにあります。
画像をご覧ください。中間車の妻面側に乗務員扉があり、ここに簡易運転台が設置されています。
これは4両編成である6750系2次形について2+2に分割するということを前提に作られたものです。



さて 現在瀬戸線の車両基地は尾張旭にありますが、かつては喜多山にありました。
瀬戸線は他の名鉄線からは独立した路線です。
車両のメンテナンス全般にわたって、すべてここ喜多山でこなさなければならなかったのです。
ずーっと2両編成でこなしてきた瀬戸線にあって、
効率的に作業をするには2+2で分割するのがリーズナブルです。

しかし瀬戸線は順調に乗客数を伸ばし、基本どの列車も4両編成ということになりました。
1995年には本線から6000系4両編成が転籍します。
2両編成ではないのですね。
瀬戸線の在来車も、2連+2連=4両編成で何とかしようと、古いHL車では座席をロングシート化するなどして対応してきました。
6000系にしても2連で使わないのなら、運転台はデッドスペースです。
喜多山にも4両編成対応のピットが設置されました。
そして、2008年にデビューした4000系も当然4連です。

それならば、6750系も4連固定でいいではないかと思われそうですが、
この喜多山車庫。狭いのです。
この狭いスペースで作業をやりくりするには2+2で分割できる6750系はとてもありがたかったに違いありません。
新性能化して、4+2という増結を意識しているのならまだしも、
6600系2連もいましたし、瀬戸線の設備を6連対応にする予定はないようです。
本線に引き取ってもらって、新性能化するにしても2+2の使い道は見当たりません。
あと、新性能化するといっても、あの手狭な喜多山車庫でそれだけの大改造をするのは無理というものです。
尾張旭でそれだけの工事ができる設備投資をするにしても続けてやってゆくという見通しが立ちません。
やるなら日車豊川工場で、あるいは舞木検査場で施工するということになるでしょうか?
となれば、線路が繋がっていない以上、トレーラーで移動ということになるでしょう。
それも往復…。


6750系が姿を消してから10年。6000系もすべて瀬戸線からその姿を消し、
現在、瀬戸線はすべて4000系ということになってしまいました。
一方で、三河線用の6000系は2016年、舞木検査場で特別整備工事を受け、これからも活躍が続くと思われます。
ちなみに6000系は1976~90年製の車体です。
もし、瀬戸線が本線と繋がっていたら、
1990年製の車体を持つ6750系は中間車を切り離して先頭車だけでも足回りのリニューアルを行っていたような気もします。


参考文献:鉄道ピクトリアル 「新車年鑑 1991年版」 1991年10月 No550 の記事
      鉄道ピクトリアル特集「名古屋鉄道」1996年7月、2009年3月 No624/816

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