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2005.7.16 UP
名鉄のモ870は、あらためて申しあげるまでもなく、元札幌市のA830形連接車。 ヨーロッパのトラムを連想させる近代的で優雅なスタイルは21世紀のいまもなお 十分に通用するもので、「日本でもっとも美しい路面電車だ。」 とお思いの同志も沢山いらっしゃるのではないでしょうか。 さて、2005年3月末、惜しくも岐阜の600V各線は廃止されてしまい彼らの去就も気になるところですが、 昭和40年製である彼らが、昭和51年以来、岐阜の町で 29年の長きにわたって活躍してこれたのは、 彼らがこの地にしっかり順応してきたからに他なりません。 暑い岐阜での使用に先立ち側窓を開閉できるユニット窓に一部変更(S53にすべて取り替え)し、 カーテンも取り付けました。 平成8年には冷房化工事に併せて車体の大改修が行われます。 徹明町電停での定点観測写真(上、中)をご覧ください。 側窓を230mm上昇させ明かり取りの小窓は撤去されました。 前述のユニット窓も4カ所を残すのみで固定化されます。 加えて中央扉の開口部が1800mmから1310mmへと美濃町線でのニーズに合わせて狭くなってます。 その他、ZパンタをPT42形パンタグラフに取り替え、 行き先表示板も自動になるなど、かなりの変化があります。 全体的に名鉄風下ぶくれ(失礼!)になったとはいえイメージはよく保たれていると思います。 そして、4年後の平成12年美濃町線のワンマン運転化にともないモ870の運用効率を高めるべく、 併せて複電圧改造も施されることになったのです。 モ606のコーナーでもご紹介しましたが、複電圧にするために抵抗器など様々な機器を追加したモ606の屋根上に もう冷房機などを取り付けるスペースはありません。 モ870は低床の路面電車出身ですから床下には、たいしたスペースはありません。 屋根上にはもうクーラーユニットが陣取っているわけですから、もう複電圧にはできないと 私は思いこんでいました。 そんなもんですから新岐阜駅の東側にある各務原線の踏切付近で 撮影をしていたときにモ870がやってきたのにはびっくりしました。 世紀末のテクノロジーが機器の小型化を実現した。 と簡単に言ってのけれるものではないと思います。 アイデアと工夫 そして、この電車への愛着こそが この困難な工事を可能にしたのではないかと思われるのです。 ああ、こんな名車の働き場所がなくなってしまうなんて… |
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