2006.10.1UP 2006.12.7 追補 |
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J鉄局TOP>珍車ギャラリー>JR西日本 サロ581-100番台 シュプール号サロンカー
*サロンは座席3列分を撤去した跡に設置、テーブル付き *更衣室、スキー置き場付き 101-サロ581_12 102−サロ581-27 103-サロ581-34 サロ581-101 姫路駅 急行「シュプール号」用サロン付きグリーン車(JR西日本所属)私が初めてスキーに行ったのは、野沢温泉スキー場でした。もう30年も前のことになります。急行「ちくま」で長野入りし 飯山線ローカルで戸狩まで。 そこからは長電バスに乗って…と「なんで、こんな苦労をせにゃならんのか。」と閉口したのを覚えています。 その後スキーバスが増発されるようになり私も利用するようになりました。 スキー場に至近の駐車場まで乗り換えなしという便利さと低廉な料金は、当時の若いスキーヤーの心をとらえました。 夜、梅田の「ホテル阪神」ウラ(今のハービスがあるあたり)は、スキーヤーたちでごったがえし、 異様な雰囲気になってました。しかし実際はフツーの観光バスで、一夜を明かすには窮屈きわまりない座席。 またトイレ休憩の度に起こされるというツライものでした。 いつしか、カワイ娘ちゃん(死語)をスキーに誘うにはマイカーしかないという時代になってゆきます。 おウチにまで迎えに来てもらってスキー場まで一直線。乗り換えなし!そりゃあいいに決まってます。 若かったあの頃、女の子が来てくれりゃあ。もううれしくて、仕事の疲れをおくびにも出さず、 眠気覚ましのガムをかみながら高速道路をぶっ飛ばしてました。 しかし寒風吹きすさぶ中、慣れないチェーンの装着はつらかった。 折しも車の中から嘉門達夫のテープを聞いて、ゲラゲラ大笑いするカワイ娘チャンたちの声を聞いたときにゃあ、 男として生まれてきた悲哀をしみじみ感じたものです。 そんな私の極楽スキーツアーはシュプール号です。 少しばかり高くつくのを必死で説得して仲間を集めた私は、スキー板を肩に、重たいリュックをかつぎ、 ビールを満載したクーラーバックを手に鬼のような形相で大阪駅11番ホームへ駆け上がってゆきました。 発車時間にはまだまだ間があるのに…シュプール号は全車指定なのに何故? 他でもありません、シュプール号に連結されているサロンを確保するためです。 幸い誰も来ず、仲間だけでめでたく楽しい宴会のスタート! プラットフォームにいるサラリーマンの方々を尻目に、プッシューと缶ビールを開け、乾杯するこの優越感!! そして夜も更けて寝台へと移動、いわずもがなバタンキュー。シュプールバスに乗り換える手間はあるものの 昨日の疲れもとれ、朝イチ スムーズにスキーブーツが履けるのも寝台ならではのありがたさ…。 というわけで今回の珍車は、サロ581-100番台です。 581,3系から派生した珍車の一つです。 寝台列車から昼間の座席特急にチェンジする昼夜兼行の働き者581,3系は、結局チェンジする際の手間と、 座席時のボックスシートが特急用としては貧相であることから急激に働く場所を失い、 一方では過激に使われたことから傷みが早く急速に姿を消していった悲運の車両です。 普通電車として生まれ変わった715系はもはやなく。北陸線に残っている419系も この秋、登場する521系電車の増備に伴い姿を消してゆくのではないでしょうか。 当の581,3系もJR東日本においては定期運用はなく、 唯一JR西日本の急行「きたぐに」のみが定期運用として残されています。 さて、その「きたぐに」とほぼ同一仕様の「シュプール号」ですが、 シュプール号自体が本当に少なくなってしまっている中、どうなるのかと案じていました。 サロ581-100番台はシュプール号用の編成にのみ、連結されているのです。 幸いJR西日本のHPで今シーズンも「シュプール号」を運行すると発表されていたのでほっとしたのですが、 なぜこんなにも「シュプール号」は少なくなってしまったのでしょう。 (「シュプール号 06シーズンは70本運転いたします。」とあるのを今シーズンと勘違いしていました。ごめんなさい。後述) S63年の冬から運行された「シュプール号」は一時、JR東日本、JR東海に加え、JR九州まで運行列車がありました。 前述したようにそのラクさゆえスキーバスからは、結構お客を奪ったのではないか。と思えるのですが、 スキー場までの距離がさほどでもない関東、中京エリアからの列車については 「シュプール号」専用の特別な列車を製作することもなく引き際も早かったようです、 今やJR西日本だけが運行していますが、悲しいかな。あまり利用はないようです。 登場時、581系はA寝台車がなく、グリーン(座席)車が用意されました。 しかし料金は寝台よりも高くつくのでは…? 終電に乗り遅れた人が、短距離で利用したのでしょうか。 天井を寝台車と揃えたので、やたら天井の高い車内となりました。 まあ「A寝台車を座席車にチェンジしてグリーン車」とはいかなかったからだ とは思うのですが…。 581系の生い立ちならではの珍車ですね。 サロ581_34 大阪駅 スキー客は、やはりマイカーに流れていったのです。 スタッドレスタイヤと4WD車の組み合わせはチェーン着装の苦しみからドライバーを解放しました。 そして高速道路網をはじめスキー場周辺の道路もすっかり整備され、スキーツアーを劇的にラクにしてくれました。 5年ほど前、新潟県の赤倉温泉に泊まりながら、当地のスキー場をあとにして奥志賀スキー場へ向かいました。 その日もまた赤倉に泊まるのです。馬鹿げた話と思いましたが、 日帰りなのになお十分に滑れたのには、びっくりです。本当に隔世の感ありでした。 私をスキーに連れて行ってくれた”団塊の世代”の先輩方は、もはや定年を迎えつつあります。 「久しぶりにスキーでもどうですか?」とおたずねしたら、「もうスキー自体がしんどい。」とおっしゃいます。 対して若い世代の人たちは、好みが多様化し、かつて猫も杓子もスキー…ということはありません。 スキー場のゴンドラに乗るのに2時間待ち!というのも昔語りとなりました。 私自身もスキーへゆくことが少なくなりました。 しかし仕事の都合上、後から仲間と合流して参加。とかいう場合に「シュプール号」は本当にありがたい存在なのです。 106cm幅の下段に身を横たえて、ホロ酔い気分でカーテンの隙間ごしに夜空を眺める… 「さあ明日はゲレンデで思いっきり滑るぞ−−−−…」 そんな気分をまた味わいたいものです。 夜行列車だったシュプール号の撮影は結構難しいのです。 夜に関西を出発し、未明に帰ってくるためです。 この写真は「シュプール号」の終点が姫路だった時の撮影ですが、 ここまで来てくれるおかげで写真が撮れました。 クハネ583-29 姫路駅 追記−−06年12月7日 今シーズンも運転されるとばかり思っていたのですが、 廃止されるということを某放送局のワイドショーで知り、言葉を失ってしまいました。 93年のピーク時には 1700万人以上いたスキー人口が、05年には700万台にまで落ち込んでいると聞き、 その激減ぶりにも驚かされましたが、それ以上に、今の若い人はしんどいことをしない。というコメントがショックでした。 急行「ちくま」などから較べたら、ほんとに至れり尽くせりの列車だったのに… 「駅まで荷物を持って行くのがいやだ。」といっていた女の子のインタビューを聞くに及んで 鉄道の旅自体が、しんどいものと認識されているのでは…と暗い気持ちになってしまいました。 |
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