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2011/11/06UP | ||||||||||||||||||||
J鉄局TOP>珍車ギャラリー>東京都営地下鉄 新宿線用 10-300R
都営新宿線の歴史と10-300R形大都市圏の輸送需要が急速に増大するなか、大手私鉄は列車を長編成化してゆくことで、これに対応してきました。 そんな中、従来の短編成車両はこれを終日つないだままで、 そのまま使い続けるのが普通になってきました。 しかし使われもしない運転台が発生し、もったいない話です。 またデッドスペースとなる分、定員減ともなるのです。 先頭車が過剰という状態は、何とかしたい課題となりました。 スチール車が多く存在していた在阪私鉄では、 運転台を撤去し、中間車に改造するということでこれに対応しました。 一方、在京私鉄ですが、かねてからステンレス車を多く導入してきました。 スチール車に較べ改造が難しく、その対応については苦慮することになります。 東急や京王などは、比較的旧式となる短い編成の電車について、 これを地方鉄道むけに改造し、転出させるということで整理しました。 京成では6連固定の3600形を8連固定に変更する際、 編成をばらしてその中間車2両分を組み込むことにしました。 当然、先頭車については、余剰となるのですが、 これをすべてくっつけて1編成造るなどということをしています。 (これについては、かつて「珍車ギャラリー京成 3600形 3661F」でも詳しく取り上げておりますので、こちらをご参照ください。) かように、大手私鉄では先頭車の整理に腐心してきたのですが、逆に先頭車だけを新たに、それも大量に追加する例もあるのです。 それが、東京都営地下鉄 新宿線用10-300R形です。 なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。 実は、都営新宿線の歴史と大きく関わっているのです。 都営新宿線の歴史を語るには, まず、そのレールの幅-1,372mm-の理由から始めなければならないのですが、今回の話の本筋からは離れてしまうので割愛します。 年表をご覧ください。 1978.12.21 岩本町~東大島間6.8kmが開業。 1980.3.16 新宿~岩本町間7.3kmが開業、京王線と相互直通運転を開始。 1983.12.23 東大島~船堀間1.7kmが開業。 1986.9.14 船堀~篠崎間4.9kmが開業。 1989.3.19 篠崎~本八幡間2.8kmが開業し、新宿線全線が開業。 2005.5.14 新型車両10-300形が運行を開始。 さて、1978年の新宿線開業時から使用され、1989年の全線開業時はおろか、97年まで製造されたのが10-000系です。 1971年の試作車デビューから数えれば27年の長きにわたることになります。 もっとも27年間、全く進化することなく同じ車両を作り続けたわけではありません。 同系列とは思えないほどバリエーションがあり、1次車から8次車まで分類することができます。 年表と併せてこれを時系列で見てゆきましょう。 →1次車は1978年の開業時に合わせて製造された6連×9本(01~09F)です。 (ちょっと強引ですが71年製の試作車を含めます。) →2次車は1980年の新宿開業時、すなわち京王線との相互直通運転に合わせて製造された6連×9本(10~18F)です。 ここで、初期車の陣容が整います。 しばらく変化はありませんでしたが、89年の全線開業を睨んで大きな変化が見られます。8連化がスタートするのです。 →3次車は1986年の船堀開業にあわせて、8連×3本(19~21F)と 8連化用 2連×7本(12~18Fに増結)が増備されました。 →4次車は1988年に全線開業にあわせて、8連×2本(22~23F)が、そして →5次車は1989年の全線開業にあわせ、8連化用2連×11本(01~11Fに増結)一気に増備されたのです。 以下、97年にかけて6~8次車=8連×5本(24~28F)がポツリポツリと製造され、10-000形は208両の陣容が揃うのですが、 21世紀となり、20年を経過した初期車に傷みが目立つようになってきたのです。 見た目同じように見えるステンレス車の10-000形ですが、1次、.2次車の初期車と3次車以降の後期車とでは車体の構造が大きく違います。 実は初期車は、セミステンレス車両です。 つまり構造の基礎となる部分は普通鋼であったため車体の老朽化が、目に見えないところで進んでいたのです。 東京都交通局ではこれらを2004年から2006年にかけて,10-300形と10-300R形に置き換えることにしました。 10-300系は、先頭部こそオリジナルのデザインを採用していますが、 側面はJR東日本の209系などと類似した印象の外観です。 中身も軽量ステンレス製の構体にVVVFインバータ制御を採用し、列車情報管理装置 (TIMS) など JR東日本のE231系で開発された最新の設計技術をとりいれています。 交通局はこれらを採用することで開発・製造コストを抑えながら、100両を超える初期車の取り替えを図ったわけです。 さて、このように初期車の淘汰をすすめていた交通局ですが、廃車対象の01~18Fには 8連化される際に増備された前述の4、5次車が中間車として挿入されていました。 これらは1986年以降の製造と、新しいばかりでなく、オールステンレスの車体を有しています。 傷み具合は全く違います。これを有効利用しない手はありません。 これらを更新改造し、先頭車のみ新造することにしました。 これが10-300R形です。 先頭車だけでも初期車を手直しして再利用する手もあったでしょう。 しかし、車体の構造が違うというのは大きな判断材料だったと思います。 新宿線の歴史が作り出した初期車と後期車との間にある大きな隔たりが、その背後にあったのです。 理由はそれだけではありません。 2005年5月から新宿線では、地上デジタルATCを導入しました。 最新の頭脳に対応するためにも先頭車は新車こそが望ましいという事情もありました。 そんなわけで31~36Fについては、在来車となる中間車を編成に合わせて改番したので編成丸ごと-300番台ですが、 先頭車と中間車は見た目も大きく違う珍編成が登場することになります。 編成表では10-300R形と一括りになっていますが正確にはこの新造された先頭車をさすと言ったほうがいいでしょう。 (すなわち10-310~10-360と10-319~10-369の12両。) 10-300R形先頭車の車体は10-300形先頭車とほぼ同じです。 しかし10-300形と大きく違う点も見逃せません。 それは在来型である10-000形と編成を組成するため、メカニズムをチョッパ制御車である10-000形にあわせたことにあります。 よって、10-300R形はVVVFインバータ制御ではありません。 思えば10-300形(37~48F)は、R形(31~36F)の追番というカタチを採っています。 制御方式も全く別なのだから10-400形とか別系列にすべきではないかなあ。という気がするのですが、いかかでしょう。 ん…?ひょっとしたら、R形の中間車をVVVFインバータ制御に改造する気があるのかも!? 、
鉄道ピクトリアル「鉄道車両年鑑 2005」No767 2005.10 |
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