JR西日本 キサハ34 501
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JR西日本 キサハ34 502 キサハ34_501 スハフ12 1001改 1992年3月 松任工場改造
長さ(m) 幅(m) 高さ(m) 自重(t)
21.300 2.950 4.089 35.0
電源用エンジン 定格PS(rpm) 電源装置 最高速度
DM15HS-G
×1
230
(1800)
DM82
180KVA−
ブレーキ 定員(座席) 冷房機 台車(T台車)
CL空気B
手B
117(80→76) AU13A×5 (TR217)
*スハフ12の1000番台は、S60-61にかけて、普通列車用に改造されたもの
デッキ付近のクロスシートを撤去しロングシートを配置、
便所等も使用できないようになっている。
JR西日本のみが承継。(1001〜1012)
鉄道車両諸元表(気動車):出典は鉄道ピクトリアル 新車年鑑 1992

 重荷を背負わされたキハ58系

国鉄末期、もはや、列車の動力は、電車や気動車による分散化が主流となっているのにもかかわらず、
一方で、機関車が牽引する客車が、量産されていました。(12系=540両 50系=823両 51系=130両)

貨物があるのなら、朝夕のラッシュ時に機関車を有効利用できるこのやり方は、まだ納得できるのですが、
多くのローカル線では、貨物列車そのものがなくなり、本線でも拠点集約型に切り替わりつつある状態では、
遠からず地方に於ける客車列車の退潮は目に見えていたようにも思われます。

事実、民営化後のJRにおいて、客車はもてあまし気味でした。
ジョイフルトレインに改造したりして、JR各社は有効利用を図るのですが、
なお余剰の客車をどうするのかが、懸案の事項となっていました。

JR西日本に於いては、50系客車を気動車に改造したキハ33_1000番台が登場します。(1988−)
JR北海道の51系客車改造気動車キハ140系と同じく、客車に駆動用エンジンを搭載したものです。
車体を極力そのまま利用してはいるものの、なかなか、いい出来で、冷房装置までついています。
いまなお、山陰線(鳥取鉄道部)で活躍していることを聞くにつけても、なぜその生産が2両でとどまってしまったのか、
不思議でならない名車です。
もうひとつ、12系客車を再利用した車両が登場します。1992
キサハ34です。
気動車としての称号”キ”をもちながら、駆動用エンジンをもたない付随車であることから”サ”でもあるという変わり種です。
実際には、キハ58系に併結されるカタチで使用されました。
この手の車両は、極めて珍しいものですが、前例がなかったわけではありません。
この珍車ギャラリーでも、ご紹介したキサロ59-501(1989-2005)がそうです。
セイシェル号として16年。種車のスハフ12 5から数えると36年もの長きにわたって活躍しています。
ところが、キサハ34は、改造されたのが計4両という少数派で、それも改造後わずか4年にして姿を消していってしまった。
泡沫の珍車とも言える存在です。
彼らはいったいどんな車両だったのでしょうか。

まず、彼らが所属した高岡鉄道部に目をむけてみます。
高岡は富山県第2の都市ですが、交通の要衝でもあり、万葉線の他にJRでは城端線、氷見線といったローカル線の起点でもあります。
中でも氷見線は、、16.5Kmという短い路線でありながら、旧 越中国の国府があった伏木地区を通る路線で
市街地区間が多く、工場、学校などもあり、そこそこ朝のラッシュ時にはにぎわう路線だったのです。
国鉄時代には、この多客時に客車列車(DE10+客レ6連=1983時点)が3往復も設定されていたのですが、
旧型客車は淘汰され、気動車だけで運行するようになりました。
とはいえ、一足飛びに全列車が冷房化されたわけではありません。
各地から集められた非冷房車が多く運行していました。
ところが、この路線に、冷房化のチャンスが訪れます。
1991年の七尾線(津幡−和倉温泉)電化開業です。
このことにより、冷房装置を装備した60両を超えるキハ58系と、
これまた冷房装置付きの12系客車(七尾線用1000番台10両)が捻出されることになったのです。
当時、まだまだ引く手あまただったキハ58系冷房車で、そっくり当線の非冷房車ととりかえることは無理がありましたが、
普通列車用に改造された12系客車については、いまさらこれを再利用して…という路線もなく、この高岡で引き取ることになったのです。
しかし、こちらでも、いまさら客車列車を再デビューさせることには抵抗があったのでしょう。
なんと気動車列車として、キハ58系に牽引させることにしました。

その際の基本仕様はこうです。
1;キハ28、58側は改造しない。
2;キサハ34は他の客車と連結使用しない。
3;キサハ34形500番台と0番台は分割しない。
4;客車出入り口の混雑緩和を考慮する。

2と3については、運転台をもたない客車ですから、これを中間車として組成し固定運用するのは納得できるのですが、
なぜ、キハ28をあえて使うのかが、私には理解ができないところです。
前述のキサロ58でも、2エンジン車のキハ58に挟み込むカタチで編成が組成されています。(3両/4エンジン
ところが、氷見線では、キハ58−キサハ34_501−キサハ34_1−キハ28で編成を組成するのです。(4両/3エンジン
たしかに氷見線は、平坦線であり、やってやれないことはないのかもしれません。
しかし、これは少し重荷にすぎはしないでしょうか。
4両編成にするが故に、新たに冷房電源を確保する必要が生じ、
電源用発電エンジンを積んだスハフ12を改造したキサハ34_500番台をつなぐことになりましたが、これも結構な重量です。
一方、不要となるキハ28の発電エンジンは、というと故障時のバックアップとしてそのまま残されました。
JR西日本のキハ58系が、JR東海やJR九州のような強力なエンジンをもっているのかといえば、さにあらず。
どう考えても、これでは、ご老体のキハ58系に多大な負担をあたえ、運用面でも扱いにくいものとなり、
何より朝の大事な時間を無駄にしたくない乗客の方々にもストレスを与えたのではないでしょうか。

このアイデアが4年しかもたなかったのは、ひとえにこのパワーウェイトレイシオの悪さにあるように思えてならないのです。
なぜ、キハ28の代わりにキハ58をもってくることはできなかったのか…。(4両/4エンジン

逆にキハ28を有効利用するというのなら、もう一つ、こういう手があります。
キハ28の発電エンジンは、自車も含め3両分給電できるパワーがあります。
これを活用すれば、発電エンジンをもたないオハフ12を改造した0番台を冷房運転でき3両編成を組成することができます。
3両編成(3両/3エンジン)では心許ないというのなら、これに2両編成をプラスして5両編成(5両/6エンジン
という手もあります。
こうする方が、より輸送量にあわせたきめ細かい運用が可能になったのではないかと思うのですがいかがでしょう。

高岡での、12系再生利用が、うまく行けば、もっと12系は活用されたような気がします。
キサハ34の事例が平坦線である氷見線の特殊事情ですまされてしまったことにやるせなさを感じるのです。


参考文献;鉄道ピクトリアル 新車年鑑 92 

            
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